「婚活」なんて言葉が婚姻を減らすバタフライエフェクト」(荒川和久)
そんなわけで、マチアプという地雷原をスキップするチーりーちゃん(35)は、三か月かけて飛び散った身体をくっつけて再び帰ってきました。恥ずかしながら(´;ω;`)
記事をまとめよう。
「結婚相談所でもマチアプでもそうだが、結婚相手を店先の棚から選ぶみたいなやり方が、結婚そのものを難しくしてしまっている。」
「個人的には「婚活」などという言葉自体が婚姻減の元凶だと思っている。」
「「婚活」という言葉は、結果的に結婚に至る男女の行動面・意識面からのプロセスを
「タスク」化してしまうことで、条件や効率を重視するものへと変えてしまった。」
(記事引用)
結婚に至る男女の行動面・意識面からのプロセス
→このような意識をもって、このような段階を踏まえ、このように行動することによっ て、結果的にうまくいけば、結婚につながる。というような日本社会で行われるプロセス。それは、同性間、異性間で行われる社会化集団で作法の様な明文化されていない
タスク化
→作業のようにタスクをこなすことをさす
逆にマチアプ以前はそうなっていただろうか?
実際には、氏の言うようなタスク化が行われていないとも言えない(証明できるものがない)。出会いの母数ということ考えたときに、一つ一つに割くソースは多いと思う。
タスク化に話し戻すが、女性側からすればとてもタスク化が進んでしまったとも思う。
もらった「いいね」をさばくことで疲れてしまう。いいねに反応しても、返信するほどの意欲や優先順位は残されていない。結果的に、女性の側も出会えないことになる。出会えなければやる気もなくなるわけである。
「いわば人間の縁の条件化であり、縁そのものの否定でもある。そら結婚も恋愛も飲み会も減るわけだわ。」(記事引用)
縁の再生産
人は影響しあって人間関係をつくる。利害、共益、地縁、会社と様々関係しあって、大きい関係性、小さい関係性を作って社会を形成している。
「なにかの ご縁なので」知らない人と関係しあう。
「なにかの ご縁なので」その場に来て、その場にいる人と関係しあう。
「なにかの ご縁なので」ひとと、ひとが、関係しあう。
せめて、とチーりーは思ってやまない。
抽象度高めな記事になってしまったけれど、飛び散った頭がくっついたばかりなので、リハビリしながら書くわ。
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